意味のない話し合いに 巻き込まれていませんか?
どうも小学校以来 "話し合いは大切なこと" という刷り込みが強く、 何でもかんでも話しあえば 民主的と思われてます。
もちろん、必要な話し合いも 中にはあるのですけど、 多くの場合、鳩首凝議というより 烏合の衆がいいところです。
鳩首凝議(きゅうしゅ-ぎょうぎ)
人々が集まり、額を寄せ合って 熱心に相談すること。
▽「鳩」は集める意。「凝」集中する意。
烏合の衆(うごうのしゅう)
規律も統制もなく、 ただ寄り集まっているだけの集団。
秩序のない人々の集まりや軍勢にいう。
烏合の衆に限って 前の人より少し大きな声を 次の人がかぶせて話すものだから だんだんうるさくなります。
だいたい何が愚かだと言って 事実を知らない者どうしが 知らないことについて話し合って 何か解決するでしょうか?
このように言うと納得する人でも けっこう同じようなことで CO2を増やすことに貢献しています。
重用な事をしている気になれるし、 発言することで自己重要感を たかめることに成功するからです。
そして、もっと愚かなことは これを一人でやってしまうという とんでもない習慣です。
自分の頭のなかで "あぁでもない、こぅでもない、、"と ずっと煩悶していて、
「考えすぎて疲れたわ!」
と言われても 返事に困ってしまいますね(ーー;
煩悶(はんもん)
[名](スル)いろいろ悩み苦しむこと。
苦しみもだえること。「独りで―する」
偉そうに言ってるけど、 自分でときどき意識してるだけで 私だって無駄に煩悶します。
でも一度でもこのことを意識したら 頭のなかに烏合の衆を飼わぬよう 普段から心がける方が好いに決まってます。
元ヤンキースの松井選手だったかが、 "自分の力でどうにかなることだけ頑張る" という内容のことを言っていました。
"下手の考え休むに似たり"とも言います。
どうせ同じことなら 休んでニタリニタリしている方が よほど賢いではありませんか!